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コラム

2008/05/12

第1話 ヴェトナム中部高原山岳地

ヴィエトナム人のルーツは、南から渡来したマレー人と、北から南下して来た華人が主な構成要員で、その居住地域はマレイー南華文化圏と呼ばれる。都会居住者の 殆どはキン族である。従って短期旅行者の目には、キン族の習慣や文化がそのままヴィエトナムを代表するものとして映っているのではなかろうかと懸念する。

地方では多くの民族が独自の伝統文化を守りながら、かつ現代社会と妥協しながら生きている。僻地の集落では同一部族が一集落を形成しているので、部族特性を顕著に示している。
モービリゼーションの発達していない山間部の集落は、完全に陸の孤島で、幾世代も同じ暮らしを営みながら、独自の伝統文化を守り、誰にも頼らず、世代を越えて、自らの生活基盤を構築している。そこには民主主義、社会主義、共産主義などなど、ありとあらゆる主義主張が共存し、共栄ながら社会を構築しているようにみえる。

一方自然に目を移せば、ヴィエトナムの植生は熱帯多雨、熱帯海岸、ヒマラヤ系などの植物が分布している。動物もヒマラヤ系、ボルネオ系、マレー系と、広範囲にわたる。中部高原山岳地は標高千メートルの高地で、冬は霙が降る。コーヒや果樹園のプランテーションが広がる地帯は、海抜五百メートル以下の地帯である。

三、四十年前の対米戦争当時、ホーチミンが潜伏していたとかで、いきなり密林の中に滑走路ができ、枯葉剤が撒布され、地雷がばら撒かれていたらしい。この一、二年間で当地域の交通の便は大分良くなったが、私達が最初に訪れた平成十年は、村から村へ移動するのに、密林の道無き道を徒歩で二日間かかった。熱帯の密林歩行は視界がきかない不便さだけでなく、蛭や吸血蝿に襲われながら行進しなければならない。足元には崖や切り株、そして毒蛇や毒蜘蛛にも気を配らなければならない。起伏が多く険しい山道を辿りながら、行き着く村々には、診療所はおろか、巡回医療も無い。住民は、地元に古くから伝わる伝承医療技術に頼って病気の治療を行っている。お産は、部落に住む経験豊かなとり上げバーさんが産婆役を勤める。

薬源は、身の回りにある動植物が全てである。しかし、その数の多さ、用途の広さには、ただただ感服するばかりである。現代の市販薬と比較すると、中には薬効を疑う物もあるにはあるが、殆んどは的を得た使用法で使われている。その一例を、いかに示す。生姜:解熱、鎮痛、消化薬として、煎じ、又は擦り潰して飲むか、患部に塗布する。下痢なら日に3回、風邪や発熱には生姜と柑橘皮を煎じて用いる。経済的に余裕があれば、野生の蜂蜜か椰子糖を加味する。

ウコギ: 関節痛の緩和薬、小児栄養不良や歩行の遅れた子供に、煎じ薬として処方する。
セリ: 腹痛、消化促進薬と考えられているが、一日一度は必ず食卓に上る。
その他ヤブコウジ科、フトモモ科、トウダイウサ科、ジャケツイバラ科、イイギリ科、クスノキ科、シカズラ科、ノボタン科、キョウチクトウ科、サトイモ科、タデ科、アカネ科、ツヅラフジ科、キク科など等と広範囲にわたる。

動物では、蛇、熊、虎、鹿、猿、猪などが、漢方薬風に使用される。これらは商品価値が高く、地元消費よりも、部落外への輸出が殆んどである。密猟者が横行しており、生態保存の立場から、狩猟禁止の方向へ向っている。

先住民族の中で最も人口が多いのはバーナー族で、稲作、畑作、小規模菜園や養魚池を持ち、複合的な農業を営んでいる。藁葺きの長屋に約20世帯が協同で居住し、部落の中央には大きな集会棟があって、祭事、結婚式や出兵式に使われる。時には結婚前の若者達の、逢瀬の場所にもなる。
彼等は松を防虫用薫剤に使用していたが、薫煙は虫除けの目的だけでなく、悪霊を寄せ付けず、また薫煙臭が健康増進に繋がると信じているようで、特に寒い雨季には、一日中松を焚いていた。香りが醸す心理的効果も大で、アロマテラピーにも相通じる、と納得。
ある日偏頭痛を患う中年婦人が、隣村から来た治療師の施術を受けていた。こめかみに褐色の塗布薬を塗り、更に祈祷をした。時間にして約半時間。婦人は気分爽快となったようで、笑顔で談話していた。塗布薬の中身は定かではないが、どうも主成分は天然樟脳で、それを豚脂で練り合わせたのではなかろうか、と同行した保健婦の意見であった。

発熱時に咽喉には、浅い切り傷をつけて瀉血する。瀉血そのものは、世界各地で広く行われている療法で、特に非難されるものではないが、同じ剃刀を複数の人に使用する点や、衛生管理の認識の甘さには肝を冷やす。

水牛や牛などの大型家畜が死んだ場合には、家畜が家族の身代わりとして犠牲になったと考える。ご馳走や地酒を備え、村の長老が祈祷する。家主が部落住民に酒を振舞う。部落総出で厄払いをする。死者は居間の片隅に二,三日間安置したのちに、床下に埋葬し、その上に床柱と同じ大きさの丸太を二本乗せる。そんなわけで、何処の家にも床下には大きな丸太が二本置いてある。
一方、米作と畜産を営む低地定住民のマナム族部落では、狩猟した動物の頭蓋骨を竈の真上の天井に翳して魔除にしている。

山間地の村では、辛うじてカロリーは足りているようだが、食事は穀類や野菜中心となり、栄養が偏っている。海からは遠く隔たり、海藻を食べる機会が無く、山間部落ではヨード欠乏症がみられる。
何処の村にも近代医療設備が無く、住民は伝承医療に頼らざるを得ない。住民の薬草利用方法は殆んど単品利用で、症状に応じて薬草を組み合わせるような使い方はしない。
ただ、地元の村長さん宅で食事をした折、促進と抑制効果を持つ野草を上手に組み合わせた薬膳風の食事が出てきた。

山里の伝統医療は全てが口承で、何時かは消え去るであろうと懸念している。そんな不安の一方で、彼等は日々の生活の中で体験した新しい知識を基に、新たな利用薬を発見したりする。できる事なら、今後もヴィトナム中部高原山岳地帯の村人達との交流を絶やさず、彼らの経験と知識を分けて欲しいと思っている。

作家の大森実氏が1984年に岩波新書から出版した「ヴィエナム以後を歩く」に、ホーチミン市内にある麻薬中毒者に対する治療施設「教育センター」を訪問した時の様子が記されている。治療法は、鍼、マッサージ、冷水、体操、漢方薬などを併用したもので、まず鍼で痛みを和らげる。次いで、薬無しで睡眠と食事ができるようにする。そこまでできたら、後は習慣を断絶させるように、麻薬を忘れさせる補助をする。物作りや作業をさせたり、好きな音楽を聴かせたり、誰かがそばにいて話し相手になる、などなどであるが、現在も当時と殆ど同じ療法を施しているようだ。ただ首都ハノイ郊外にあるヴィエトナム鍼灸医学大学付属病院では、電気治療が導入されていた。