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コラム

2008/05/12

第4話 海の民

海洋面積は三億六千百五平方キロで、全地球上の約70%を占めている.海洋と陸地の面積比率は、概ね2,5対1である。容積は約十三億七千立方キロ。
海水の主成分は食塩(NaCl)で、78%を占め。他にはマグネシューム(Mg)、カルシューム(Ca)、カリューム(K)塩などが溶解している。
あらゆる生物は体内に水を蓄え、生命機能を維持している。殆どの生物の祖先は、水棲である。海から陸地に上がり、動物は肺呼吸をし、植物は発芽、開花、結実のサイクルを繰り返して子孫を残していく。「母なる海」には、生物の起源、進化に関った歴史が秘められている。
海は、漁業、海運、海底資源(鉱物資源)、水資源、自然エネルギー源、観光、レジャーなどと、多角的な利用価値を秘めている。日本国内でも、海洋生物を利用した薬源の研究が進められていて、毎年数点の新製品が紹介されている。
漢方医学は、本草、神農に源を発するところから、海産物を薬源として治療に応用する機会は少なかった。それにひきかえ、海産物を薬源にして海神を崇める人々は、島礁国、沿岸漁民、海運国民に多い。
日本では古くから海人草を採取し、その主成分であるサントニンを駆虫剤として利用した。食用には、天草、海苔、昆布、アオサ、モズク、ヒジキ、キリンサイ、松藻などを利用してきた。欧米諸国でも海藻を食料や飼料に利用しようとする試みはあるが、何処の国も日本ほどは海藻を食用にはしていない。ただ、藻場は稚魚や貝類の隠れ家であり、産卵場や餌場でもあることから、乱獲を慎み、再生可能な範囲で収穫をしないと、資源の衰退に繋がりかねない。
近年沿岸では生活廃水の流入により富栄養化が進み、アオサの異常繁殖を招き、それが腐敗して悪臭を放つという公害を引き起こしている。或いは農薬が沿岸に流れ込み、沿岸の植生を破壊して磯焼けを招いている。沖縄以南の海では、陸上での建築造成により泥土が流出して珊瑚を窒息死させるなどの環境問題が後を絶たない。

さて話を本論にもどして、フランスではタラソテラピーと称して、塩水風呂、海藻風呂、海泥パック、海水浴、潮風にあたる、潮騒を聴く、魚群の回遊を見る、などの療法がある。抗生物質が発達しなかった時代には、欧州各地から温暖な気候の地中海沿岸へ療養に来た。以前勤務した地中海南岸のチュニジア共和国やモロッコ王国は、現在も欧州の避暑や避寒地であるが、観光客に混じって患者集団も大挙療養にやってくる。首都郊外を歩くと、古めかしい療養所を所々に見受けるのは植民地時代の遺物であろう。
疾患は夫々異なるが、治療目的で医師や看護師同伴で訪れる。日本で言えば転地療養の部類だと思うが、彼らは彼らなりの療法を主張し、治療法にも特別な理由があるようだ。行動も独自性を確保し、一般観光客とは一線を画している。
地中海では5月になると、大西洋を回遊していた黒マグロがジブラルタル海峡を通り、産卵場所を求めて穏やかな地中海に入ってくる。沿岸にはマドラグと呼ばれる、古代から受け継がれた大がかりな鮪定置網がしつらえてある。鮪は沿岸漁師達にとっても魅力的な獲物で、夫々が工夫を凝らし何とかしとめようと躍起になる。
輪切りにした新鮮な鮪をステーキにして塩と胡椒で食べる。鮪のオリーブオイル漬けは美味である。玉ねぎをスライスにして合えると更に味が引き立つ。地もとの漁師達は牛肉、鶏肉、鮪も何故か赤ワインである。此処では魚に白ワインということも無さそうだ。鮪漁期には日本から「とろ士」と称する鮪鑑定士が訪れる。「とろ」と鑑定すれば、氷蔵して直行便で空輸するのだそうだ。
地中海の漁期は鮪漁を皮切りに、鯖、鰯、イカ漁と続く。一部には近代的なまき網やオッタートロール(底引き網)漁などもあるが、漁獲量では以前変わらずランパラと呼ばれる集魚灯漁法が一位を占めている。
日本のイカ釣り船や、フィリピンのバスニグ漁は集魚灯が本船についている直接照射法であるのに対して、ランパラは一人乗りの小舟に発電機を積み発電し海面を照らすか、またはカーバイドを焚き照明する。一網上げ当たりの灯火時間は2、3時間である。本線との交信は一切無く、頃合いを見計らって本船が集魚舟に接岸し、網の端を渡し、魚群を巻く。極めて経済的で効率的な漁法である。
時々せっかく集めた魚群にイルカが侵入して、魚を追い払う。「くそ、撃ち殺してやる!」と船長は水面目がけて自動小銃で威嚇射撃をするが、まぐれにしても撃ち捕らえたのを、見たこともなければ聴いた事もない。

ガーナの首都アクラから西へ20km余り、海岸から400㎞内陸に入った村に立ち寄り、村長に民族の踊りを見せてくれないかと頼んだ。自分は上手に踊れないので、近隣の婦人達に踊って貰おうと心安く引き受けてくれた。1曲、2曲、3曲と続き、それに伴う踊りが披露されたが、どうも想像していた踊り方とは違う。本来、民族の踊りと彼等の仕事には関連性があるはずなのに、そこの村の踊りは農耕民の踊りでもなければ、狩猟民の踊りでもない。5回目の踊が終了した時点で、休止してもらった。どうも、ハワイのフラダンスに似た振り付けが多い。フラダンスよりは個々の動作と間繋ぎが早いが、随所に類似動作が観られる。村の長老に村の沿革を訊ねると、昔海岸で津波に襲われ、この地に移住して来たとの報である。なるほど、なるほど。
波静かな沿岸漁民の踊りには、波の動きと、一日中吹く微風が椰子の葉を揺らし、さらさらと擦れる葉音を奏でる光景が踊りに投影されている。フラダンスやフイリピンのティキティキは、そんな雰囲気が感じられる。
同じ沿岸漁民でも、珊瑚礁やラグーン、湖沼漁民の踊りの中には、磯に戯れる小魚を追う人々の姿が投影されていて面白い。琉球舞踊の「たんちゃめ」などが正しくその例で、チャカチャカしながら、軽快なカチャーシーのリズムに乗って、うるめ鰯かキビナゴ或いはシルバーサイドなどの小魚を掬い、それを速く売りに行く動作が織り込まれている。コマネズミの動きを連想させる、ちょこまかと細かい動きを繰り返す。
衛星を利用した気象観測技術の進歩、魚群探知機、網高さ計などの発達は魚を探すのを容易にしたが、猟や漁は偶然性が高く、また、出漁は天候に左右され、魚の回遊は気象の影響を受けることなどから、狩猟民は昔も今も海神、山神を恐れ崇める気持ちが強く、祭事や礼拝にはことのほか熱心である。

伝統的な漁村に行くと風見、風速、風形、波形、潮の流れ、潮目、魚群の移動などの自然現象を読み取る能力を持つ老人が一人や二人はいる。回遊する魚群を表す漁師言葉に、鳥つき、島つき、ねつき、木つき、しいらつきなどがある。鳥つきとは、移動する魚群を目当てに上空を鳥が群れて旋回する。島つきとは、島影に魚が身を潜めるかのように集まる習性があり、漁師はそのような場所を漁場にする。
ねつきとは、岩礁やリーフを意味するようで、浅海大陸棚上に海底から隆起した地形上に魚が群れる。木つきとは、流木などの下に群れる魚の習性を言う。木つきの応用がフイリピン国ミンダナオ島で古くから用いられているバヤオである。それは竹の筏と同じで、海上に浮かべて影を作り、魚を集める方法である。浮き魚と称される表層を泳ぐしいらなどの下かつおが泳いでいるケースが多く、漁師達はそんな呼び方をする。南太平洋、バヌアツ島に住むチャーリー老人は一見何処にでもいる太った老人であるが、彼は鯨と対話できるらしく、鯨を騙し毎年島に鯨を誘導する。
私達が考える漁民は沿岸居住者を連想しがちであるが、陸上から海上にせり出した高床式住居で生活をしている人達もいれば、水上に筏を浮かべ家屋を建築している民もいる。一方、香港、マカオ、タイ、カンボジア国などには一年中船上生活を営んでいる人達もいる。家財家具一式船に積み、その上、更に豚や家鴨などの家畜まで同船している。
水上生活者相手に小商いを営む商人もいて、船から出した棹の先には代金が結わえてあり、商人は代金引換で品物を渡す。
水上生活者の最大のリスクは波浪である。台風の度に人災事故が起きる。それにも関らず今日もなお水上生活者がいるのをみると、制約の少ない海上交通、干満を利用した自然排水、地代の要らない気安さ、漁労機会の多さ、漁獲物の処理の容易さなどなど彼らなりの便利さをエンジョイしているのだと思うが、なんと言っても海へのアクセスの容易さが最大の魅力だろう。じめじめした一見不衛生に思える環境下でも、病原菌を媒介する昆虫が少なく伝染病の罹患率は低い。しばしばコレラ騒ぎが起き、集落中が大騒ぎになるが、総じて経口伝染病に関しては海水で洗い物をする事もあり、陸上居住民よりは罹患率は低い。